臆病者の謳うメメント・モリ

花田西宮の創作だったり日常だったりの一コマ一コマ

靴音響かせ、軌跡を辿る

忘れちゃいけない、日々の記憶。今の君を守ってくれるもの。

うちの軍人たちのSSです。過去メインだったり。


≫きらきらとひかるもの(円城寺雷兎&円城寺風兎)

明るい日差しが柔らかく降り注ぐ中、公園では多くの子供が自由に駆け回っていた。甲高い声がそこかしこで自分の感情を周りに発信するように響いている。楽しい、嬉しい___憤り。歓声に混じり言い争うような声も上がっている。一つの遊具を囲んで、同じ容姿の二人の子供が互への怒りに顔を赤くして言い争う。
「僕が遊ぶんだから、待っててよ!」
「なんでにいさんばっかりいつも先なの、僕も遊びたい!」
「だから、僕が終わったらふうとが遊ぶんだって」
「僕だって先に遊びたいもん」
どうして自分がこんなに言ってるのに相手は一歩も譲らないのかと二人の声にだんだん苛立ちが見え隠れする。風兎と呼ばれた少年がついに涙目になったときに穏やかな声がかかった。
「雷兎、お兄ちゃんがあまり弟をいじめちゃいけないよ。たまには譲ってあげよう。風兎も、あまりお兄ちゃんを困らせてはいけない。」
優しいひだまりのようなこの人が二人は大好きだった。この人が声をかけただけでピタリと口論をやめて一言も聞き漏らすまいとこの人を一心に見上げるのだ。彼の優しい声に風兎は泣き止んで遊具に向かう。逆に雷兎と呼ばれた少年は不貞腐れたような表情で離れた広場へと向かっていった。二人の様子にくすくすと笑うと彼はまた問題が起こらない程度に見守るのであった。

「いっつもいつも、おにいちゃんはってそればっかり。ふうとはなんにも知らないんだ」
優しいあの人に窘められてはもう食い下がる気はないが、それでも弟の態度に不満は降り積もっていく。たまたま見かけた猫に雷兎はしゃがんで目線を合わせて語りかける。
「泣いたら誰かが助けるから、ふうとはすぐ泣く。やってらんないよ」
いつもそうなのだ。彼が泣いて我慢を強いられるのは雷兎である。まったくこの世は平等ではないのだ。不貞腐れた雷兎は饒舌に猫に語りかける。猫は興味なさげにあくびを一つこぼした。
「…おまえまで僕のことなんて気にしないんだろ」
当然、猫にとって雷兎は寛いでいたところに勝手に愚痴を零しているだけの存在であり興味など欠片もないのだが、愚痴を零している当の雷兎にとっては猫でさえ敵に回った気分である。実に、実に気に入らない!
そんなことを考えてると、小さく呼ばれた。にいさん、と。
「なに」
実を言うと風兎が近付いていることに雷兎はとうに気付いていた。雷兎が気配に鋭いというわけではなく、なんとなく風兎の気配だけは分かり易いのである。逆も然り、双子ならではなのだろうか。風兎だって気付かれていることは分かっていたんだろう。
「あの、僕もう遊んだからね、交代しよう?」
「…ほんとにいいの?」
「え……いいの!」
本当にもういいのか、と目で訴えれば風兎の目は微かに泳いだが、しっかりと頷く。それに眉を顰めるが雷兎は一つ頷いて遊具に向かった。

雷兎が遊具で遊んで少し経った頃に優しい声がかかる。もう帰ろうか。雷兎と風兎は笑って頷いて公園の出口に向かう。
帰りの道中、二人は一言も話さなかった。一切互いを見ずに帰路に着く。
少し歩いたところで優しい彼は少し寄るところがあるから、と雷兎と風兎に自販機の隣に設置されたベンチで待っているように言って去って行った。いつものことなので二人ともおとなしくベンチに座る。いつもならば二人仲良く隣に腰掛けるのだが、今日は別だ。ベンチの端と端に座って、やはり無言を貫く。
ふと、犬の鳴き声が聞こえた。雷兎と風兎は顔を見合わせ、次いで声の方を向いて絶句した。無意識にベンチから降りて数歩下がる。飛びかかられたらあっさりと負けてしまうのは目に見えているとわかる、大型犬である。
咄嗟に雷兎は風兎を後ろに庇った。恐怖に震えながら犬の挙動に注目する。どうしてこの大型犬はリードをつけていないんだ。飼い主はどこにいるんだ、と泣きそうになりながら思う。風兎が出来るだけ犬の目に入らないように庇いながら、雷兎はこんなときにどうすればいいのかわからずに冷や汗をかく。あの優しい彼ならばどうするのだろう。
彼らにとって不幸だったのは散歩に行こうとした犬がリードをつける前に脱走をし、外へ出て興奮していること、あるいは犬が大変人懐っこく二人を自分と遊んでくれる人だと認識していることなのだが、彼らがそれを知るわけもない。
「にいさん…」
「大丈夫だよ…僕がどうにかするから…」
二人の目は不安に揺れている。どうすれば、と考えたその瞬間わん、と一声鳴いて犬は二人に向かって駆け出した。犬にとっては遊んで遊んで、と無邪気なものであるが二人にとっては死刑宣告に等しい。飛びかかる影にぎゅっと雷兎は風兎を守るように抱きしめ、風兎も同じように守る意思を持って雷兎を抱きしめた。
「こら!」
いつまでも来ない衝撃に目を開けば、優しいあの人が犬の首輪を掴んで行動を制限している。雷兎と風兎がこわごわ目を開けたことに気が付くと優しく微笑んでくれる。
「驚いたよ…二人共、大丈夫だった?さっき犬を探してるって御家族とすれ違ったから、多分そこの子だろうね。返してこようか。…二人に怪我がなくて良かった」
犬に近付くのが怖いらしい二人に少し待っててね、と再び言いおいて彼は早足で犬を連れていく。
二人きりになった雷兎と風兎は互いの顔をじっと見る。全く同じ顔、鏡写しの顔だ。
「ふうと、怪我はない?」
「にいさん、怪我はない?」
同時に発した言葉に、全く同じ顔できょとんとした後に苦笑を零す。おかしくてたまらない、と言わんばかりに笑い声がどちらともなく漏れる。
「ごめんね、にいさん」
「別に、もう怒ってないよ。僕もごめん」
既に、風兎からの謝罪は受け取っている。遊具の交代のときに雷兎は本当に代わっていいのかとしつこく尋ねた。風兎がもっと遊具で遊びたいと心では思っていることに雷兎は気づいている。それでも、雷兎に少しでも早く譲ったそれを雷兎は風兎からの謝罪だと思っている。
戻ってきた彼が二人を見てくすくす笑う。二人は不思議そうに首を傾げて彼を見上げる。
「ふふ、仲直り出来たみたいだね」
あまりに微笑ましそうに言われるものだから、二人は困ってしまう。
「別に、喧嘩なんてしていないもん」
「そうだよ、してないよ」
それにこらえきれないと言うように彼は吹き出した。
「そう、そうだね。雷兎と風兎はいつでも仲良しだもんね。さあ、そろそろ本当に帰らなきゃ。君たちのお母さんに怒られてしまうね」
その言葉がたまらなく悲しくて、二人は左右から彼に抱きつく。こらこら、歩きにくいよと窘めるが彼はたまらなく幸せそうに笑っていた。
「ねぇ、また遊ぼうね」
「またお出かけしようね」
「うん、うん。約束しようね、雷兎、風兎」
夕暮れのせいで見上げた視界の全てが赤い。このまま赤く眩んで、眩さの中に彼が消えてしまいそうと二人は馬鹿げたことを思う。赤い約束を二人は彼と重ね続ける。いつかは溶けて消えてしまう淡い約束を。
3人の影が長く、帰り道に伸びていた。





≫さよなら、正義(守谷真咲&愛野有紗)

それは、守谷真咲にとって世界に等しかった。

守谷真咲の世界はとても、とても狭かった。自分の部屋のベッドから見る天井、そこから聞こえる喧騒。そして、寝込む彼を訪ねるたった一人の客人である愛野有紗から耳にする言葉。
たったそれだけが、真咲の世界を構成するものだったのだ。
学校に通うものの、真咲は度々泣きだすことがあった。その時は必ず発熱しており、保健室で養護教諭に診てもらった後に、養護教諭に見送られて帰ることとなった。ろくに通えぬうちに学校に行っても弱虫だと、揶揄されるようになった。自分が何故からかわれねばならぬかもわからぬままに揶揄される日々のうちに真咲は怯えるようになっていった。そんな彼を助けたのが有紗であった。
自分を庇うあの背中を真咲は忘れたことがない。うずくまり泣く自分の前に立った、凛とした背中は自信のない自分よりよっぽど頼れるものだった。からかっていたクラスメイトを一喝した後にくるりと真咲の方を向いて、真咲のことも叱責して、体調を気遣う言葉を添えた彼女を、きっと真咲は忘れない。
それから有紗は真咲を庇い、励ました。真咲の体調にいちはやく気付き、真咲が早退したり休んだ日には必ずお見舞いに来て一日にあったことを丁寧に話すのだ。有紗が見たものがそのまま真咲の経験になる、この日々。真咲にとっての、かけがいのない世界。

小学校も上級生のお兄ちゃんお姉ちゃん、と呼ばれる頃になれば真咲の体は幼い頃と比較して随分強くなった。周りの子供と比べても遜色ない、立派な子供になっていた。クラスメイトとの関係も概ね良好である。とはいえ一番近しい存在というものは有紗であり、優先順位も有紗が一番高かったといえる。当然と言えば当然なのかもしれない。真咲の幼い頃の経験の半分は、彼女が作ってくれたのだから。
付き合ってるのか、とはやしたてられることも少なくはない。少しずつませてきた少年少女らは、大人の世界に興味津々なのである。子供の知りえない大人の秘密の大きなものとして男と女の関係というものが挙げられる。当然、その根底に至るまでを理解しているのではなく、自分たちに見える範囲の表面をなぞっているにすぎないものであるのだが。ある意味においてこれはごっこ遊びの延長、とも言えるのかもしれない。そんな危うい年頃だからか、秘め事のように彼らは笑い合う。いつか、結婚しようね、と。

ある日の帰り道である。塀の上を器用にバランスを取りながらひょいひょいと歩く有紗に落ちるぞ、と軽く注意をしながら彼女の一歩後ろをついて行く。彼女が落ちても対応出来るような位置である。突然、彼女が塀の上でくるりと振り替える。夕日を背にした彼女の表情はわかりにくかったが、真咲には笑っているのだろうとわかる。
「ねぇ、真咲。私は軍人になるの」
この言葉を真咲は知ってる。彼女はよくこの話をするから。
でも何故だろうか、この日はいつもと何かが違った。夕日で彼女の表情が見えないからか、いや、違うのは真咲の方かもしれなかった。形を掴めない不安が真咲の胸に入り込み、すっと体温が下がるような感覚。何か、大きな間違いを犯す前に気付いて、その分岐点に立っているような。
「私、皆のことを守るのよ。勿論、真咲のこともね」
ああ、とふと真咲は自分が冷めていくのがわかった。いつもは彼女の志しを笑顔で聞いているのに、この時、この瞬間、思ってしまったのだ。

では、有紗はどうなる?
世界の全てを守るという彼女は、いったい誰が守ってくれるというのだ。皆のことを守る有紗を、いったい、誰が、守るのだ。
なんてことだ!有紗は皆を守ると言うのに、この世界は、皆は有紗を守ってくれないという。なんという理不尽、傲慢。そんなことが、許されると思うのか。
世界を守る人をどうして誰も守らないのか。

それに気付いてしまった瞬間に、真咲は全てを悟ったような気分になった。実際には真咲が思うほどの残酷さも、理不尽も、世界は持っていなかったのだろう。しかし、真咲の目には確かに、有紗を守ってくれない世界は敵に見えたのだ。
真咲はこの瞬間に、自分の世界たる彼女を守るために軍人になろう、と決意したのである。
極論として、世界が滅ぼうとも、有紗を守ろうと信じて。

真新しい軍人を着込んだ守谷真咲は新しい日々を送る場所にある種の希望を胸に訪れた。数年前に一足先に軍人になった大切な彼女に、やっと追いついたと笑いかけたかったのだ。
淡い期待を持った真咲は、慌ててその足で空軍へ駆け込むことになった。
自分へと届いた報せに目眩がしそうだ。震える体を叱咤して、ただただ否定と、彼女の笑顔、あるいは叱責が欲しかった。
空軍で最初にすれ違った人の肩に掴みかかるような勢いで話しかけた。とても整った容姿の、落ち着いているときならば話しかけるのに尻込みしそうな、美しいという表現の合う女性だった。必死な様子の真咲に目を丸くして、それでも力になろうとしてくれるのか話を丁寧に聞いてくれる姿勢の端々にこの人の性格がきっとよく出ているのであろうと真咲は思った。
「あの、愛野有紗…のことなんですが」
震えた声で紡いだ名前に目の前の人は少し驚いた顔をした。
「あの、貴方は新しく軍に配属された方とお見受けしますが、何故愛野少将のことをお聞きになるのでしょうか?」
「俺は、有紗の婚約者です」
婚約者、と告げた瞬間に目の前の人の顔色が悪くなった。そんな表情をされたら、真咲の顔も強ばる。こんなことがあっていいのか。
「俺のとこに報せがきて、あの、嘘だって、……嘘、ですよね」
呟くように言った真咲の言葉に、顔を青ざめさせた彼女は頭を下げた。
「すいません、本日はもうお帰りくださいませ、えっと…」
「…守谷真咲です」
「はい、真咲さん。…貴方が声をかけたのが私で、幸いだったと思います。こちら、私の連絡先となります。また、後日にお話させてくださいませ」
彼女は素早く手帳に連絡先を書くとページをちぎり真咲に渡した。帰れ、と言われても納得もいかないのであるが。だが彼女も一歩も譲らないと言わんばかりである。ふと他軍であり新兵の自分が騒ぐべきではないと、冷静な思考が邪魔をする。真咲は泣きそうになった。いっそ理性をかなぐり捨てて泣きわめいてしまいたい。首を緩慢に振ると、彼女に一つ尋ねた。
「一つだけ、教えてください。…有紗が亡くなったって本当ですか。」
随分と嘘をつけない人である。真咲は思わず小さく笑った。
彼女は、唇を噛み締めて、一つ、深く礼をしただけだった。

彼女、もとい彼、花柳撫子に真咲が声をかけたのは幸いであった。
撫子は真咲と別れた後真っ先に向かった部屋を控えめにノックする。
「誰だ」
「撫子でございます。少しお話したいことが」
「撫子か。入れ」
名乗った途端に声が少し柔らかくなった気がする。
撫子は一つ呼吸をおいて部屋に入った。
「兄上、お聞きしたいことがあって参りました」
「何だ?」
部屋に入るなり彼の兄である花柳大和に尋ねた。真咲が幸運と言ったのは、撫子には上層への確かなパイプがあり、愛野の詳細について聞くのにそう時間がかからないからである。撫子が思慮深く、他人への思いやりが深い人間であったのもおそらく幸運の一つである。
有紗さんについてでございます」
その言葉に大和は眉を顰める。
「何故お前があの人のことを聞く?」
「先程、彼女の婚約者という方がこちらに参りました」
「なんだと…?」
「…遺体、遺品…何でも構わないのです。彼に何かを、返せればとこちらへ」
渋い顔をした大和はやがて硬い表情で首を横に振った。
「あるわけが無い。…わかっているだろう、お前も」
「…そうですか」
「全て海の底だ」
沈黙が満たす。
しばらくして小さな嗚咽が響いた。
「こんなことがありましょうか。…こんな、残酷なことが」
顔を覆った撫子の肩が時折跳ねる。席を立った大和が慰めるように撫子の肩を撫でる。
「……残酷だろうが、これが全てだ。受け入れるしかないだろうよ」

今までずっと追いかけて来たものが急に消えた。真咲には目標が消えた今、向かう場所さえ見えやしない。
守りたかったのに、それだけは絶対に。彼女を、守りたかったのに。
手袋を乱雑に外して、その下にある婚約指輪も取り払う。彼女が軍に行ってからの自分を支えたのはこれだと言うのに、今やこれが存在するだけで自分を苦しめる。不思議と、泣きそうだと思っていたのに、未だに涙は流れやしない。どこか心が壊れて、破片をどこかに落としたのかもしれないな、と馬鹿げた妄想がよぎった。笑い飛ばしてしまうには、あまりに正解に近すぎる。
悔しさと虚しさが、指輪を握る手を振り上げる。こんなものはもう必要ないものだ。こんなもの、死んでしまえばいい。
その時、携帯が鳴った。
はっとしたように真咲は動きを止めて携帯を呆然と見た。しばらく鳴り続ける携帯を見ていたが、どうしてもでなければいけない気がして、のろのろとそれに耳を押し当て相手も確かめずに通話ボタンを押した。
「もしもし、兄さん?全く、起きてるならちゃんと出ろよ………兄さん?どうしたんだ?」
その声を聞いた瞬間に、あれ程流れなかった涙が溢れた。嗚咽が聞こえたのか電話からは焦った声が聞こえる。しばらく泣いた後に小さく笑う。それが聞こえたらしく怒ったような声が聞こえたが、ごめんごめんと謝る。
「真月ちゃんはお兄ちゃんがいなくて寂しくて寂しくて仕方が無いから声が聞きたかったのかな?可愛らしいね」
んなわけねーとか憤慨の声を無視して真咲は言葉を紡ぐ。
「ごめん、真月。ありがとう。今日はおやすみ」
返事は待たずに通話を切った。くすくすと笑ってしまう。何がおかしいでもないけれども、笑い声が止まらない。

まだ、笑える。真咲にはまだ守るべきものがあるではないか。世界がなくたってまだ大丈夫なのだ、立ち上がることもできるではないか。
じっと手の中の指輪に視線を落とし、嵌めなおす。
「ごめん、有紗、少しだけ待ってて」
世界を失って、酷く危ういバランスで真咲は歩き出す。どうしても守りたかったものを守れなかった、その罪悪感を影として引き連れて歩いていく。
酷く疲れた気分だった。もう眠ってしまいたい。寝台に横になり、目を閉じる。
彼女が守りたかった世界を、真咲は守らなければならない。
ほのかに燃える張りぼての志しだけが、真咲の原動力になったのだ。