臆病者の謳うメメント・モリ

花田西宮の創作だったり日常だったりの一コマ一コマ

ないてる、ないてる

逢いたい、逢えない、沈んでく。


リクは旅人だ。この広大な空間をただただ旅してきた。
大地だって深海だって、何処へだって駆けつけた。故郷にない景色が大好きだった。
周りは上下左右をなくしてしまうような暗い空間だ。ただ暗い訳ではなく、騒がしいまでの光がそこかしこにある。
ここはたしか、よく情報誌でも取り上げられる観光スポットだ。リクはすぐ隣にある光の流れに目を細める。なるほど観光にはうってつけの美しさである。
側に膝をつきそれに手を入れてみれば、手に何かが流れてぶつかる。掴んで拾い上げればそれは美しく輝く星の欠片であった。キャッチアンドリリース。マナーは守りましょう、と呟いてもう一度川に放る。
リクは川沿いに再び歩き出す。こちら側はもうめぼしい場所は見て回ってしまった。向こう岸へ渡る為の運び屋はたった一つしかない。あるいは、途方もない距離の果てにある大橋か。早く早くまだ見ぬ土地へと、リクの歩調は無意識に速く軽くなっていく。
この美しい川を眺めながら歩くなんて素晴らしい。リクは何度も一押しだと書かれたその川の名を口の中で呟いた。

“天の川”


それから数日後、彼は運び屋にたどり着く。
とはいえ生憎の大雨、リクは運び屋を名乗る青年の家に青年の好意に甘え一晩泊まることになった。
青蘭と名乗った運び屋はとても親切で丁寧であった。リクに嫌な顔ひとつせずに服と飯、寝床を用意して親身にしてくれた。
「ごめんなさいね、流石にこの雨で広大な天の川を渡るのは危険です。」
「いえ、こんなによくしてもらっただけで十分ですよ!」
申し訳なさそうに謝る青蘭にリクはぶんぶんと首を振った。
「毎年、今日は雨ですから。…今年も」
しみじみと呟いた言葉にリクは何か引っかかりを感じた。少し考えて、答えはすぐに出る。
「この辺に伝わる伝説ですか」
なるほどと頷くリクに青蘭は驚いたような顔をした。
「今時珍しいですね、そんなお話まで知っている観光客だなんて」
「たまたまですよ、雑誌で見ただけです。…ロマンチックだったからか頭に残っちゃって」
あはは、と笑うリクに青蘭は微笑んだ。
「ではお風呂がわいたようですのでどうぞくつろいでください。…あがったらお時間ありますか?伝説について少しお話ししましょうか」
その言葉にリクはおおいに喜んでお願いします、と脱衣所に急いだ。

帝には一人娘がおりました。とても真面目で美しい機織りの上手な娘です。
彼女、織姫は彦星に出会います。ええ、彼は真面目な好青年でした。牛飼いの彼は織姫と出会い、そうです、一目惚れいたしました。
淡い恋の果てに二人は夫婦になることができました。それは二人にはあまりにも幸せすぎたのです。
ありあまる幸せに彼らは自らの仕事を放棄しました。帝はたいそうお嘆きになったでしょう。織姫と彦星は天の川の両端に引き裂かれました。嘆けど嘆けど帝はお許しくださいませんでした。
一年にたったの一度、7月7日にだけ帝は逢瀬をお許しになりました。ですが待てども晴れる日などこないのです。
…彦星は逢えない想いに胸を焦がし、何度目かの約束の日に禁忌を犯しました。
ええ。雨の中天の川を渡り彼女へ会いに行ったのです。
たった一度、それも帝に見つかるまでの短い逢瀬ですが彼はとても満たされました。勿論織姫もです。

「…その後はどうなったのでしょうね、誰も知らないのです。ただ二人とも重い罰を課せられた、とは」
「…あんまりですね」
リクは切ない、と繰り返す。
「ええ、切ないかもしれません。…こちらは彦星が過ごした方の川岸です。もしかしたら重い罰に今頃ひいひい喘いでいるのかもしれませんね」
くすりと悪戯に青蘭は微笑んだ。伝説なのであり得ないですけどね、と付け足して。
「お時間取ってすいません。…もうおやすみになってください」
「あ、おやすみなさい」
勧められるままに寝床に横になる。雨に打たれたりと予想以上にリクの体は疲れていたらしい。
睡魔に微睡みつつ、離れ離れの恋人達に思い馳せながらリクは眠りについた。

翌日は昨日の雨が嘘のような晴天だった。まるで前日の、7月7日の大雨が意図的であるというように。
青蘭は澄んだ空に目を細めた。
「これならきっと大丈夫です。今貴方をお送りいたしますよ」
「何から何まですいません」
「これが仕事ですよ」
くすくすと笑う青蘭に導かれ、昨日よりも落ち着いた天の川へ行く。
そこには船と、それに繋がれた牛がいた。
「うちの牛は少し特殊でして。天の川を渡れるようになっているんですよ」
さぁ、と促されて船に乗る。青蘭が合図を出せば牛はゆったり歩き始める。
「あっ…青蘭さん!ありがとうございました!」
その後に続いたリクの質問に、青蘭は困ったように微笑むだけであった。

天の川を渡ったリクは足止めをくらうことになった。
星の土砂災害で進めない、と言われて彼は途方に暮れた。
「おい、お前」
「へ?」
そんなリクに声をかけたのは幼い少女だった。
「お前、何ぼけっとしてるんだ?」
遠慮も何もない、失礼とも言える態度である。リクはあまり気にする方ではないのでそっと事情を説明してやった。
リクが天の川の向こうから渡ってきたと知ると少女は目を輝かせた。
「ならばお前、うちに泊まるが良い!かわりに私に向こう岸の話を聞かせておくれ、私はその話が大好きなのだ」

少女についてきた屋敷の一室でリクは縮こまっていた。
こんなに裕福な子だと思わなかった。この部屋をあてがわれるまでに少女は姫様と何度も呼ばれていた。
目の前には永華と名乗る少女がいた。
「さぁお前、話せ」
急かされてリクは口を開いて、向こうで見た沢山の麗しい景色を話した。
永華は年に合わない程おとなびた微笑でそれをただただ聞いていた。
先ほどまでの騒がしさも嘘のようにただただ聞いていた。

全てを話し終わった頃にまた永華はにこりと笑って礼を言った。
「ありがとう、楽しかったよ」
あれほどまでに話を聞きたがってたのに、リクはどこか違和感を覚えたままその日は永華と別れた。

次の日もまだ土砂がかたずくことはなかった。
またリクは永華と一緒に過ごしていた。
「ところで姫様、向こう岸にいる運び屋のお話はほかの旅人から聞いたことが?」
そう聞けばふるふると首を横に振る。
あんなに親切な人なのだ、話さねばとリクは語り出した。
語っている途中永華はこれまでにないほど静かだった。
違和感があったのだ。向こう岸の話を聞きたがるくせに聞いても心から喜ばない。きっと彼女はもっと別の話が聞きたいのだろう。
あとはただの直感だった。その直感は永華の目に浮かぶ涙が正しいと証明していた。

青蘭は七夕に雨と共に来た青年を思い出していた。
とても真っ直ぐな青年だった。
真っ直ぐな目をした青年。とても好感を持てる。
まるで昔の自分を見ているような。
いや、自分で沢山の世界を見て責任を持てるだけ自分よりもよっぽど偉いだろう。
彼はとても楽しい人だった。最後にした質問にも驚かされた。
「貴方は、彦星ですか?」
青蘭は数日前とは打って変わった晴天を少し寂しげに眺めて微笑んだ。
「…そう呼ばれていた時もありましたね」

全てを語ったリクに永華は微笑む。
「ありがとう」
「…姫様は、織姫様ですか?」
やや間があって頷いた。
「かつてはそう呼ばれていた、愚かな娘さ」
青蘭の話を聞いた永華は幸せそうに涙を拭っていた。
「やっと聞きたい話が聞けた。安心できた。私は安堵したんだ」
少しだけ話を聞いてくれないか、そう言って永華は呟くように話した。
「あの人は最後に一度だけ会いに来た。すぐにまた引き裂かれてしまったが私はとても嬉しかった。あの人は最後に別れる覚悟を私に告げたがそれでも幸せだったんだ」
また涙が溢れ出す。催涙雨と名付けたのは誰だったか、そんなものよりももっと重い涙だとリクは思った。
「…こんなちんちくりんな姿にされてなお、愛してるんだ。引き裂かれても、あの人に相応しくない姿という罰を受けても」
すまない、と呟いて永華は自分の部屋へ戻った。
その日の夜に土砂は撤去されたと報告された。

僅か2日の滞在ではあったが永華からはたくさんのものをもらった気がする。
ここ数日に出会った二人の優しい恋人の為に何か出来ないかとリクは悩んだ。
「土砂は撤去された。もう行くがよい」
「…行く前に姫様、一つお願いがあります」
そう言えば永華は不思議そうな顔をしたが言ってみろと続きを促した。
「私の旅に姫様の文をいただきたいのです。きっとそれがあれば私は貴方を思い出して素敵な旅が出来る。そしてまた私は貴方に会いに来ると約束いたしましょう。…もしかしたら文を向こう岸まで戻り再びこの地に戻るまでに私は落としてしまうかもしれない。それでもどうか私は文をいただきたいのです」
意図に気付けと思いながら自分の考えを語る。
永華は最初ぽかんとしていたがやがて笑顔になる。待っていろと言い残すと慌ただしく筆と紙を用意した。
そうして街を出たリクの荷物は一つ増えていた。
彼はやがて観光しつつもまた向こう岸へ帰り、運び屋に頼んでここまで来るのだろう。きっと向こう岸で永華の文を落としてしまうのだ。それを誰かが拾って、きっと伝説はようやく終わりを迎えるのだろう。
そのために何百年でも旅をしようと思った。ここから向こうへ渡るための大橋へは何百年もかかる。
恋人達を想って濡れぬようそっとリクは文をしまう。
また新しい景色を求めてリクは歩き出した。

空は泣きたくなるほどに晴れていた。



\純愛だと思った?残念駄文です。/