臆病者の謳うメメント・モリ

花田西宮の創作だったり日常だったりの一コマ一コマ

世界と僕と青空と

傷付いたあのこと結末と。


昔から人の夢が見れた。夜中に見るそれを食べてしまえば、食べられた人は何も覚えてない。
自分にとってそれは必要不可欠な栄養源だった。夢を食べなければ生きることは出来なかった。他の食べ物で生きながらえることは出来たが、健康とは程遠い空腹感。近くの民家や草木などから夢を食べて生きてきた。
生きていくうちにどうやら自分のような体質を抱えた奴らは案外その辺にいることを知った。ゴロツキ同然にそれらをまとめて世話をしてやれば彼らは随分と自分に懐いた。いつの間にやら、拾った子供達に随分と愛着さえ湧いてしまったようだ。
こいつらといるうちに一人また一人と異変が起きた。今まではその対象が今見ている夢を見て食べることしか出来なかったのに、それが変わってきた。
俺、スウェンはその人間が見た悪夢を見ることが出来た。そしてそれを食うことでそいつの悪夢、恐怖の感情を消し去ることが出来るようになった。
ヴィオルカはその人に迫る危機を見ることが出来るようになり、それを食べればその危機を回避することが出来た。
コーテルビアは対象のこれから現実に起こりうる出来事を見ることが出来るようになり、やはりそれを食べてしまえば彼が見た事態は回避出来た。
ロビンは人の感情を視認出来るようになり余計に臆病になった。それを食べれば嫌な気分も、明るい気分さえ消えていった。
喧嘩ばかりのティーアとスマイルはティーアは人の過去を、スマイルは人の未来を見ることが出来るようになった。人の末路を見るようになったスマイルはよく嘔吐するようになったし過去を見るティーアは人に対する値踏みが厳しくなったように思う。彼らが一度それを胃に収めてしまえば食べた分の過去も未来もねじ曲がってしまった。
シャトは人の思考、心の声が見えるようになった。人の考えを読めるせいで素直なあいつは周りに気味悪がられていた。それでもお人好しなあいつは傷付き悩んでいた。食べてしまえばその人の思考は別の思考へと移っていった。
フリオは人のトラウマを見た。あいつが軽い性格をしているのは自分が見る人の忘れたいまでの記憶から逃げる為なのかもしれないと思った。それでも約束を重んじるのは少しでも人のトラウマを減らしたいからかもしれない。あいつはトラウマを食べてしまうことが出来た。
まだ、レナードは何も開花していない。ただ唯一の女である彼女は随分優しかった。素直で明るく、人を応援する子だった。全員が可愛がっている彼女が自分たちのように嫌なものを見るようになってしまうのは嫌だと思った。

そんな能力が目覚めたある日俺たちのところにある女性が来た。儚い印象の驚くほどの美人だった。彼女は3人の人を従えて、自分を神だと名乗った。
「神様…ってなーに、それ。ジョークな訳?」
「バカバカしい」
ティーアとシャトが吐き捨てると従者と思しき一人が怒鳴る。
「ああ?てめーら目の前にいるのが誰だと思ってやがる。“騎士王”イナンナの前に不敬だろうが!」
「チェルノボーグ、おやめなさい。神の名など知る者が少ないのです」
イナンナと呼ばれた神が止めればチェルノボーグと呼ばれた青年は舌打ちをして顔を背けた。
「神様って、普段は無視ばっかするのになんで今でてくるんですか」
「俺の知る神様とやらは人との接触をしない」
ロビンとヴィオルカが言えばイナンナは頷いた。
「普段の私は世界に干渉しません。私の仕事は時計塔で世界をずっと見守ることですから」
「…イナンナって本当に実在した英雄、よね?」
ずっと悩んだ風だったコーテルビアがふとあげた声に神々は驚いていた。
「驚いタ。学校なんてアル世界じゃないカラネ。イナンナの名前を知ってるなんて博識ダ」
「すごーい」
感心したように言う青年と、ぱちぱち、と間の抜けた拍手をする少女。
「…いかにも。この世界に本当に神と呼べる御方はただ一人。他は私と似たような境遇の者ですが…貴方たちが神々の事情を知る必要はありません」
昔は騎士として闘ったという彼女の視線はコーテルビアの疑問を黙らせた。
静かになったところで神は再び口を開く。
「チェルノボーグ、カオス、アレス。説明を」
「うん。…えーとね、君たちが開花させてしまったその力…あるでしょ?それはちょっと見過ごせない大きな力かなって思ったんだ」
アレスと呼ばれた少女がそう言った。スウェン達は首をひねった。
「あのね、過去トカ未来トカを捻じ曲げるほどの大きな力を、流石にボクらは見逃せないって判断したんダヨ。…どうして知ってるノって顔してるケド、さっきも言った通りボクらの仕事は世界ヲ見守ることダカラ」
「つまり、お前らを俺たちの監視下に置くっつーことだ。イナンナの優しさに感謝しとけよ。わかったか」
カオス、チェルノボーグと説明が続きイナンナが頷く。
「本来…というか他の神に見つかった場合ならば力を奪還、あるいは貴方がたの始末という形ですが…私はそこまでの必要性を感じませんでした。だから貴方達を私の監視下に置くことで一つ対策とさせていただきます。…よろしいですか?」
こうして俺たちの居場所が出来た。慈悲深いというか甘いというか、とにかくその女神は監視対象とするためにか一つ居場所を俺たちに与えた。こうして出来たのがBAR-visionだった。

バーが出来た成り立ちは数年前、そういった事情があってのことだった。女神はごくまれにしか来ないがその従者たるチェルノボーグとカオスとアレスは頻繁にバーを訪れる。チェルノボーグとカオスはともかく少女の姿のアレスはバーでは浮いていたがそれでも頻繁にやって来ては飲んだり、メンバーと喋って帰った。
いつのまにか随分と親しくなったと思う。
そう、それは数年前の話である。そして今、普段ならば開店している時間に緊急閉店と書いた看板を立てていた。
ついさっき帰ったばかりの、このバーで働く唯一の女が原因であった。
「何があったの、レナード!」
コーテルビアが駆け寄った。最近夢に頑張ってる人がいるのだと、あの人を応援したいと出て行った活発な笑顔は今はなかった。唇を噛み締め目尻に涙を溜めた少女に普段の面影はない。服も引っ掛けてきただけと言った方がいいくらいに大雑把である。
「貴方…もしかして……」
震えた声で呟くコーテルビアにレナードは腕でごしごしと目元を拭って笑いかけた。笑顔とは到底遠い出来だった。
「なにもなかったよ、ルビア」
「何も…ってバカ…そんな風体じゃないわ…」
レナードを抱きしめようとコーテルビアはその手を伸ばした。しかしその手がレナードを抱きしめることはなかった。レナードの手によって弾かれたコーテルビアの手は空中で行き場をなくす。コーテルビアの格好は女のそれであるが、性はしっかり男である。それをレナードはよく知っている。男を拒絶するようなその仕草にコーテルビアの顔が歪んだ。
「おい…誰にやられた!」
「…ルビア、男が出てるよ」
コーテルビアの怒鳴り声にもレナードは笑ってかわすだけだった。騒ぎを聞いたのか仲間が奥から出てきていた。
「…何かあったの?」
ロビンがひかえめに尋ねた。コーテルビアは何も言わずにそっとレナードの姿が全員に見えるように下がった。
誰かが息を飲んだ。きっとコーテルビアの怒りの原因を悟ったんだろう。
「レナ、何があったか言ってみろ」
スウェンの言葉にもそっと首を振る。スウェンはこのメンバーをまとめ世話をしてきたリーダーだ。スウェンの言葉は優しかった。
「なにもなかった」
繰り返すようにそう言った。
「そうか。…レナ、てめぇに乱暴はたらいたのはどいつだ」
グッとレナードの拳に力がこもった。
「…マスター、あの人はちょっと間違えちゃっただけだよ、片思いしてるんだよ」
「片思いしてて何故お前がそんなことになってんだ」
レナードはそっと目を逸らした。
「…ティーア」
「うん。…レナ、見せて?」
ティーアはレナードの前にそっと膝を着く。普段はへらへらと軽い彼もさすがにこの状況で笑うことはない。レナードを真っ直ぐと見据えた。
「…レナ、どうして」
ティーアは過去を見ることが出来るが、ここにいる全員が似たような力を持っているのだ。それを防ぐ方法を全員知っている。レナードはティーアに過去を見せることを拒絶していた。
はあ、とコーテルビアがため息をついた。少しだけ落ち着いたらしい。
「ティーア、もういいわ。レナはお風呂に入ってらっしゃい」
レナードは頷いて店の裏へと入っていった。残されたのは怒りを燻らせた男だけである。
「…誰だよ」
「マジありえないんだけどー」
イライラとシャトは吐き捨てる。フリオも唇を尖らせて、口調こそ軽いものの怒っているとわかる声音だ。
「レナはどうして庇うわけ?」
「片思いしてるってレナ言ってたのに、どうしてレナに手を出すのっ!」
ヴィオルカとロビンも不服そうだった。レナードは彼らが大事にしてきたのだ。立った一人の女の子だと大切に男だけで育て上げたのだ。こんなことになるなんて、誰も思っていなかった。
「殺してぇ…」
低く呟かれた言葉はコーテルビアのものだった。自分の言葉にハッとして首を振る。
「あら、ダメね。感情が昂ぶるとすぐこれだわ」
女の口調で苦笑するがその目は笑ってはいない。コーテルビアは言葉だけでも女性に近いからか一番レナードに目をかけていた。

「ねぇ」
ふと、声がかかった。
あまり喋る方ではないスマイルの発した声だった。
「…何?ふざけたことだったら怒るよ?」
スマイルと喧嘩しがちなティーアは顔を歪める。そんなティーアをスウェンは視線で制しスマイルを見やった。
「落ち着いて、今はレナのことを見守ってやって欲しい」
「はぁ?何抜かしてんの?レナは傷付けられたんだよ?わかってる?」
噛み付いてきたのはティーアであったが他のメンバーも怪訝な顔をしていた。
「多くは見えなかったけど、一瞬だけレナの未来が見えた。…レナはきっと大丈夫だから、多分今はレナの未来に必要な痛さだから。…未来のレナ、確かに笑ってたから」
それだけ言うとスマイルは店の裏、おそらくは自室へといったのだろう。
全員がスマイルの言葉を噛み締めていた。

どれほど大きな痛みでも、それが未来に必要だというのだろうか。今この身を八つ裂きにせんとする痛みが、幸せに繋がるというのだろうか。
神はいると全員知っている。また、神がこちらに干渉しないこともよく知っている。
ただ、どうしようもない痛みを抱えたままそれが幸せに繋がると信じて進むことがこれほどまでにもどかしいことはなかった。




レナードは一回ジャックさんにバーで働いてるって言っててジャックさんがバーに来るけどシャトがジャックさんがレナードを襲った犯人って気付いてコーテルビアとかに丁寧に帰れっていう話とかないのかなって黙ります()
一応うちのゆめくいっ子もといBAR-visionの設定的なSSです…
拙い文ですがありがとうございました!